「うつ病の一番の問題は、仕事ができなくなり、経済的自立を失うことだ」
一般的にはそう言われる。収入が途絶え、生活が破綻する恐怖。
だからこそ、人は必死に働き、早期リタイア(FIRE)を目指す。
「経済的自立さえ達成すれば、病気になっても安心だ」と。
しかし、ここに致命的な盲点がある。
もし、FIREを達成した人がうつ病になったらどうなるか。
結論から言えば、「生活が破綻しないからこそ、誰も介入しないまま、うつ病の状態でただ静かに年をとっていく」という恐怖のループに陥る。
破綻しないから、見つけてもらえない
普通の会社員なら、うつ病で働けなくなれば、家賃が払えなくなる、会社をクビになる、といった「生活の破綻」がサインになる。
良くも悪くも、その破綻がトリガーとなり、家族や行政、医療機関といった「他者」が介入せざるを得なくなる。
しかし、FIREしている人には金がある。
働かなくても、家賃や光熱費は自動口座引き落としで支払われ続ける。外から見れば「ただ静かに暮らしている人」だ。
困窮という引き金がないため、行政の福祉の網にも引っかからない。
自由という名の「檻」
これは、「セルフネグレクト(自己放任)を何十年も続けられてしまう環境」を意味する。
部屋がゴミ屋敷になろうが、食生活が崩壊しようが、誰にも迷惑をかけない。
だから、誰も部屋のドアを叩かない。働いていれば嫌でも発生する「生存確認」の仕組みが、FIREの世界にはない。
FIREがもたらす「誰にも依存しない自由」は、うつ病になった瞬間、「誰からも助けてもらえない檻」へと反転する。
お金があるがゆえに強制終了(強制救済)が訪れず、うつ病を抱えたまま人生の時間だけがただ消費されていく。
「経済的自立」の先にあるのは、天国か。それとも、他者介入のない静かなディストピアか。
私たちは「お金」の先にある「孤立」という本当の恐怖を見落としている。
