FIRE達成、だけど頭は「貧乏」のまま
念願のFIRE(経済的自立・早期リタイア)を果たした。
向こう数十年、一切働かなくても毎月の家賃や生活費が自動で賄われるだけのセーフティネットを構築し、理論上は一生あくせく働かなくても生きていけるだけの土台を築いたはずだった。
それなのに、昨日私はAmazonの画面を前に、2時間以上も頭を抱えていた。
買おうとしていたのは、象印のスチーム式加湿器。価格は約2万円。
今の私の経済状況からすれば、全財産に与える影響は誤差にすらならない。
それなのに、注文ボタンを押す指がどうしても震える。
「本当に必要なのか?」「もっと安いメーカーのものでもいいのではないか?」「家賃に比べたら安いが、2万円は大金だぞ」「湯気に2万も払うのか?」と、脳内の優秀な(あるいは過剰な)資産防衛システムがアラートを鳴らし続けるのだ。
結局、喉の保護とメンテナンスの手間を考えて「これは健康と時間への投資だ」と自分を猛烈に説得し、なんとか注文を終えた。
しかし、決済完了画面を見ても爽快感はなく、残ったのは奇妙な敗北感と疲労感だった。
「自由な暮らしを手に入れても、染みついた貧乏性は抜けない」
これが、リタイアを達成して知った、誰も教えてくれなかったリアルな現実だ。
なぜ「経済的自由」を得た人間が数万円で悩むのか
客観的に見れば、滑稽な話かもしれない。
しかし、FIREを達成するほどの人間が、リタイア後にこうした「ケチな悩み」に直面するのは、実は必然のメカニズムがある。
第一に、「最強の防御力」が習慣化しているからだ。
普通の会社員がリタイア資金を確保するためには、徹底した支出管理(倹約)の才能が必要になる。
固定費を削り、無駄な浪費を徹底的に排除する。
その「お金を使わないこと=正義」というゲームを何年も、何十年も勝ち抜いてきたからこそ、今の自由がある。
いわば、脳の回路が「鉄壁の守護神」として完成してしまっているのだ。
リタイアしたからといって、明日から急に「お金をジャンジャン使う攻撃型」の脳に切り替えられるわけがない。
スポーツのルールがいきなり変わるようなものだ。
第二に、「増やす脳」から「使う脳」へのリハビリ期間がないからだ。
資産形成期は、数字が増えることが楽しかった。
しかしFIREした瞬間から、お金は「増やすもの」から「人生を豊かにするために切り崩すもの」へと役割を変える。
このパラダイムシフトに、感情が追いつかない。
「4%ルール」を日割りして絶望から抜け出す
この終わりのない「ケチな自分への自己嫌悪」から抜け出すために、一つの思考実験を試みることにした。
FIREの基本である「4%ルール」をベースに、自分の生活を1日単位に割り戻してみる。
仮に、年間400万円(月額にして約33万円)を運用益から取り崩して生活している状態だとする。
これを365日で割ると、1日あたり約1万1000円になる。
つまり、理論上は「毎日約1万1000円を使い続けても、資産の寿命は縮まらない」ということだ。
そう考えると、今回の2万円の加湿器は、わずか「2日分の生活予算」を先払いしたに過ぎない。税金を考慮しても3日分だ。
この買い物をしたところで、私の人生のセーフティネットには1ミリの傷もつかない。数字の上では、悩む方がナンセンスなのだ。
さらに、「悩む時間の時給」も計算してみた。
2万円の買い物に対して、あーだこーだと10時間悩んだとする。
もし、自分の自由な人生の1時間に3000円の価値があるとするなら、悩んでいる時間だけで3万円分の「命の時間」をロスしていることになる。
2万円の出費を惜しんで3万円分の時間をドブに捨てる。これほど不条理な赤字決済はない。
悩むくらいなら、さっさと買って時間を確保した方が、トータルで圧倒的に黒字なのだ。
「貧乏性」は、破滅を防ぐ最高の安全装置
色々と理屈をこねてみたが、それでも私の「貧乏性」が完全に治ることはないだろう。
大金を動かすことにビビる性質は、骨の髄まで染みついている。
だが最近は、それでいいとさえ思い始めている。
世の中には、FIREを達成した途端に気が大きくなり、高級車や派手な旅行に溺れ、数年で元の労働市場に強制送還される人もいるらしい。
彼らに足りなかったのは、まさにリタイア後も作動し続ける「ブレーキ」だ。
私の心に深く染みついた貧乏性は、見方を変えれば、死ぬまでこの自由なリタイア生活を絶対に破綻させないための「人生最強の安全装置」なのだ。
数万円の買い物で泥泥に悩む自分を、「器が小さい」と責める必要はない。
「今日も我が家の安全装置は、極めて優秀に稼働しているな」と、むしろ誇ればいい。
お金を使うことは、貯めることよりもはるかに難しい。
守るフェーズから、人生を豊かにするために使い切るフェーズへ。
この「お金を使うリハビリ」は、ゆっくり時間をかけてやっていこうと思う。
とりあえず、数日後に届く2万円の加湿器が、私の喉と部屋をどれほどうるおしてくれるか、今はそれを静かに楽しみにしている。


